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2018.11.02

サスティナブル・プラクティス Vol.1 株式会社鈴廣蒲鉾本店

社会を100 年先につなぐ サスティナブル・プラクティス Vol.1
株式会社鈴廣蒲鉾本店
老舗にあって 老舗にあらず

これは、小田原で153年つづく企業、鈴廣グループの社是です。禅問答のような響きですが、果たしてその心は?
鈴廣蒲鉾本店副社長の鈴木悌介さんにお話を伺い、鈴廣さんのサスティナブル・プラクティスについてお聞きしました。

 

鈴廣蒲鉾(すずひろかまぼこ)
創業は慶応元年(1865年)。神奈川県小田原市風祭に本社を置き、創業以来地元でかまぼこを中心にした食品を製造販売するほか、博物館やレストラン経営も行っている。

 

鈴木 悌介(すずき ていすけ)
1955年、神奈川県小田原市生まれ。上智大学経済学部卒。鈴廣かまぼこグループの代表取締役副社長。1981年から1991年まで、米国にてスリミ、かまぼこの普及のため、現地法人の立ち上げと経営に当たる。帰国後は家業である鈴廣の経営に参画。小田原箱根商工会議所青年部会長、日本商工会議所青年部会長を歴任。現在、小田原箱根商工会議所会頭。一般社団法人場所文化フォーラム理事。2012年、現・一般社団法人エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議を設立、同代表理事。

 

全てはつながっている

半世紀前の小田原では、50万匹の漁獲高を誇ったというブリ。しかし、ダムや高速道路などの開発により、いまやすっかり寄り付かなくなってしまいました。人間にとってよい暮らしを求め、様々な開発をし、その恩恵を受けて来ました。しかしその結果、優先するあまり自然環境を変えてしまい、結局豊かさが失われてしまったという側面も見るべきです。経済成長を達成するには、地球環境への配慮が欠かせません。自分や身の回りだけよければ良い、という発想では、めぐりめぐって自分の暮らしが持続していきません。

“ 全ては遠縁でつながっています。食べものも同じです。「いただきます」という言葉は、自分以外の命をもらっていることに対する感謝を表しています。かまぼこ1本には、6~7匹の魚が使われています。私たちは、他の命をもらうことで生きている。いわば、食を通じて「命のバトンタッチ」をしているのです。
2011年の東日本大震災を通じて、「全てはつながっている」という思いは強まりました。それまでコンセントの先に何があるかなんて考えたことがありませんでした。しかし原発事故を通じて、エネルギーにかかわる諸問題に目を背けてはいけない、コンセントのその先へ思いを至らせなければならない、と思うようになりました。

 

エネルギーから経済を考える

2011年の原発事故を背景に、鈴木さんは2012年に「一般社団法人 エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議(エネ経会議)を発足させました。「地域で再生可能エネルギーを中心としたエネルギーの地産地消のしくみをつくること」、「賢いエネルギーの使い方を学び実践すること」を二つの柱として、地域の経済活動の担い手である中小企業の経営者を全国から集め、設立しました。追求すべきは、地震や噴火などの自然災害、原発事故のような人的災害があっても存続できるような強靭さ。地元に根付く伝ある企業だからこそ、向き合わなければならない課題です。

鈴廣グループも、再エネ利用をしている地元の湘南電力へ切替え、本社ビルをZEB(ゼロ・エネルギー・ビル)に建て替えました。

 

鈴廣蒲鉾本店 本社ビル 鈴廣蒲鉾本店 本社ビル
オフィスにはLEDや蛍光灯ではなく、太陽光を採光 オフィスにはLEDや蛍光灯ではなく、太陽光を採光
床に設置された送風口から風が流れる 床に設置された送風口から風が流れる

 

“ 建物全体が省エネを体現するつくりになっており、また屋根の太陽光パネルによる太陽光発電で、電力をまかなっています。太陽光の熱と井戸水も、重要なエネルギーのひとつです。意外かもしれませんが、一般的に、エネルギーは電力よりも熱の方が消費されているのです。「夏冷たくて冬あたたかい」井戸水の効果を空調にプラスすることで、さらなる省エネにつながります。実質、本社ビルは同規模ビルと比較して、60%以上のエネルギー利用量が削減できています。 

エネルギーだけではなく、床や天井に小田原のヒノキをふんだんに使い、内装のいたるところには伝統の寄せ木細工を施されています。ほのかに香るヒノキと、穏やかな太陽光がオフィスをやさしく包んでいます。電力をはじめとした資源の地産地消を行うことで、地域にお金を循環させる。鈴木さんの戦略の鍵はここにあります。

 

地方創生は再生エネルギーの地産地消で

小田原市では、年間約300億円もの電気代が市外へと流出しているといいます。つまり、市外の電力会社と契約をして、それだけのお金を支払っているということです。このうち、1割だけでも地元の電力会社に切り替えれば、約30億円が地元に留まることになります。地域エネルギーである湘南電力は、その30億円の一部を地域貢献に活かすというモデルを提案しています。鈴木さんは、このモデルは国全体にも敷衍できるものだと言います。

 

こだわりの鈴廣商品と鈴木副社長 日本は主に中東からエネルギー源である石油を輸入していますが、その額は20~25兆円と言われています。電力を消費しながら一所懸命働き、そのお金をアラブの王様に貢いでいるような構図があるのです(笑)。この一部だけでも日本国内に留まらせ、循環させることができれば、地域の課題解決のための原資となるはずです。 今、日本中の地方創生戦略は主に、「観光振興」と「定住人口の増加」の2つです。とても重要な戦略です。しかし同時に、これは地域間競争を生み、限られた牌の奪い合いになる危険性もはらんでいることにも目を向ける必要があります。一方で、エネルギーの地産地消は各地域で行うものですから、こうした摩擦は起きません。さらに、単なる支払い先の転換ですから、新たな経費追加も必要ありません。地方創生は、再エネの地産地消によってこそ実現するのではないでしょうか。

 

SDGsは日本企業にとってチャンス

2015年に国連で採択された「SDGs(持続可能な開発目標)」は、政府だけでなく企業や個人も参画が求められる、世界的な目標です。鈴木さんは、SDGsについて知れば知るほど、その重要度を感じたといいます。

“ グローバル企業はもとより、地域の中小企業も大きなピラミッドのなかで仕事をしています。大企業だけの問題でしょう、と知らん顔をしていては、世界から取り残されてしまいます。実際に、採択前の議論の際に世界中のグローバル企業がロビイストを派遣した中で、日本の企業はどこも参加をしなかったといいます。世界のルールメイキングから外され、中心から疎外されていくことに危機感が募りました。 

一方で鈴木さんは、SDGsの流れは日本企業にとっての「チャンス」であるとも語ります。SDGsには、17の目標と各目標に紐づく169の項目があります。

 

SDGs (Sustainable Development Goals)
SDGs (Sustainable Development Goals)

 

このうち、中には「自分の会社でも頑張ってんじゃん」という項目もあるはずです。企業のグッドプラクティスを伝えるために、SDGsという世界中に伝わる共通言語ができた、とポジティブにとらえることが大切。脱炭素という社会の流れに残されないよう、新しい商売を見つけていく必要があります。

かつては相反するものとして語られていた「環境保全」と「経済発展」が、いまや環境への配慮は経済発展のための必須条件となっています。2015年から、グローバルゴールを掲げたSDGs、気候変動抑制のためのパリ協定といった世界的な枠組みが生まれ、実行に向けて各政府や企業が取り組んでいる今こそ、従来の考え方からの転換点ともいえます。

“ グローバル企業だけの話ではなくて、地域の中小企業も「自分ごと化」してとらえるべきです。これはチャンスですから。SDGsの考え方は、「和をもって貴しとなす」や「万事に八百万の神が宿る」という日本的な精神ときわめて親和性が高い考え方だと思います。ですから、日本人が先導を切って進めていくべきではないでしょうか。

 

草の根の改革

鈴木さんは昨年末より外務省の「気候変動に関する有識者会合」に参画しました。日本が原子力発電や石炭火力発電に拘泥している中、世界は再生エネルギーへの転換がキーワードとなっています。その動きを最新のエネルギー基本計画に盛り込むべく、毎週外務省に集まり、有識者間で練った答申を提案しました。6月に出されたエネルギー基本計画には、最終的に「再エネを基本電源とする」という文言が入っていました。

外務省からの答申が反映されたかはわかりませんが、3月時点の案には無かった文言でした。計画が公開されると、経済産業省のある担当者は「世界の流れですから」と手のひらを返すように語っていました。「いいことはわかるけど、言い出しっぺになりたくない」というきわめて日本人的な力学が、こうした場でも働いていることが見て取れました。

有識者会合で培った関係性を、一時的な盛り上がりで終息させるにはあまりにもったいない。そこで鈴木さん達は、気候変動対策への課題意識と取り組みを広げるために、今年7月に「気候変動イニシアティブ」が立ち上げました。連邦政府がパリ協定脱退を表明した米国では、企業、州政府、自治体などが、気候変動対策へのコミットメントを継続することを宣言する ”We are still in” に、アップル社をはじめ、2,700を超える組織が署名して参加しています。この  “We are still in” をモデルに、企業や自治体、NGOからの情報発信と意見交換のネットワークとなり、活動を展開していくそうです。

 

気候変動イニシアチブ HPより
気候変動イニシアティブ HPより

 

10月4日現在、さまざまな企業や行政を含む計225団体が加盟しています。団体内での「ベストプラクティス」の共有と実践が行えていけば、気候変動問題の文脈で日本の世界におけるプレゼンスも高まっていくことでしょう。

“ ここでぐちぐち言っていてもしょうがない。私たちは「エネ経会議」や「気候変動イニシアティブ」といった団体を通じて、日本中で小さな実例をたくさん作っていく、そんな草の根運動をやっているわけですよ。面白いなと思ったのは、本社ビルを見学にいらっしゃる方が多いこと。隣町の開成町は、見学後に庁舎をZEBで建て替えることを決められました。全国の庁舎で初めての取り組みです。 

鈴木さんは、やわらかい物腰と強い意志をもってリーダーシップを発揮し、人々を牽引しています。まずは自分から、そして自分の身の回り、会社、地域、国、そして世界へ。社会課題を自分ごと化し、ささやかでも実践と発信を続け、周りを巻き込んでいくこと。そうした草の根の運動こそが、社会変革をもたらしていくのではないでしょうか。

 

取材を終えて

ちょっと意外に感じていました。かまぼこ屋さんが、エネルギー問題解決のためのイニシアティブを取っているなんて。しかし、社是である「老舗にあって 老舗にあらず」とは、伝統を守りつつ、新しい領域のパイオニアであり続けるという姿勢そのもの。伝統を守ること、先進的であること。一見矛盾している価値観ですが、通底するのは、企業の、地域の、そして社会の持続可能性を重んじているということです。

そんな鈴廣さんは、主幹であるかまぼこの製造販売という食の分野、そして地域の再生エネルギーの分野、さらには気候変動という世界的な枠組みにおいても、大きな存在感を示しています。包括的な活動をされている分、企業のサスティナブル・プラクティスとして「これ」とひとつに限って示せるものはありません。かまぼこをはじめとする食の大切さの継承も、再生エネルギーの促進も、「全てはつながっている」のです。その理念から発する熱意は、他の企業、日本社会、そして世界全体の未来の方向さえも変えていく力を秘めています。

 

取材を終えたのち